地上デジタル放送の開始や、PDP、LCDの薄型テレビが良く売れていることなど、この分野で一般に聞こえてくる話題は、何となく期待が膨らむような比較的明るい雰囲気があったが、突如テレビ局を“乗っ取ろう”という企業が現れたことで、ここにもなにやら世知辛いものが加わるようになった。これも注目度という点では、テレビと放送が高い位置にあることの表れととることもできる。
テレビ局の買収は、10年ほど前に民放キー局の一社が海外のメディア企業と国内のIT系企業に仕掛けられたことがあったが、この件は双方の話し合いの結果短期間で収束した。買収側が取得した株式を、対象となったテレビ局の関連企業に売却して一件は落着した。これは、日本でCSデジタル放送“パーフェクTV”が開始されて間もないころであり、新しい放送事業によって従来のメディアの環境が一変するかのような感覚がもたれていた時期である。買収を仕掛けた側も、英国その他の地域で成功した勢いで、日本でもCS放送を開始しようとして何かと話題となっていたときである。
その後、CS放送の伸びや、在来の放送やその他のメディアが充足している状況下において、新しいメディアの市場性が再検討され、結果は限られた市場に新規参入するより、先行の事業者に資本参加し一つのインフラで共に事業を進めるという方法が取られるに至った。現在のスカイパーフェクTVであるが、事業形態や資本関係はこの時でき上がったものである。(SKY系としてソフトバンク、ソニー、フジテレビが資本参加。これ以後、スカパーの愛称ができ、TVCM、ロゴマークも一新され、訴求力は増大し加入件数も増加した)。
この一件は、既存のメディアが定着している中、新しいメディアがどの程度介在できるものか証明した事例である。また、地上放送のように歴史が古く、長い時間の中で事業構造がつくられ、視聴者とは量的に把握しにくい文化的な関係が築かれている事業に対し、異業種企業が参入することの手間や難点、その意義、必然性の有無が示された一件である。なお、CS放送にはもう一社ディレクTVがあったが、その後これも事業を解消している。
そして、改めて今回テレビ局への買収工作だが、こうした経緯がある中で「なんでまた?」という感があった。仕掛けた以上、“取るか”、常套の“株価を吊り上げて買戻しを迫るか”、以外に選択肢はないのだが、“通信と放送の融合”や、“ネットでいろいろできる”など、10年前ごろよく聞いた文言から一歩も出ない理屈や、「提携」を、後付けで述べ始めたあたりで、同じ実業の世界であっても“住む世界の違い”や、法制度とは別の“タブーや仁義”といった、アナクロな感覚の存在を感じ始めたように見受けられた。この件は収束に向かいつつあるようだが、取得したのが“アナクロ感覚が魅力”のAMラジオ局のみとなると、“話題のIT企業とAMラジオ”という、おそらく想定外のユニークな事業グループが形成されることになる。しかし、今後この一件が、IT系ベンチャや、インターネットの印象おいて、悪影響となることも懸念される。特に、インターネットは映像コンテンツを扱う業種として、インフラとして発展途上にある中で阻害要因の一つになることもあり得る。
さて、地上デジタル放送は2003年12月の開始から1年3ヶ月が経過したが、昨年の同じ時期に比べ、懐疑的あるいは揶揄する見解は聞かれなくなった。デジタル放送への関心の有無に関わらず、PDP、LCDの薄型TVの需要が本格化し、メーカーのラインナップも一新されてきている。一方の放送側は後発の地方局でも2006年12月にデジタル放送を開始することになり、全体的に計画が前倒しできる方向にある。
放送は、一般の生活環境に根ざした情報インフラであり、これをどこでも見られるようにすることは、取りも直さず“ユビキタス”の環境を構築することになる。周知の通り、地上デジタル放送は、1セグ放送と呼称する携帯電話で視聴できる計画があるが、これについては2006年3月を開始の最終期限として先行するTV局が実施する。その3ヶ月前の2005年12月から、各テレビ局で設備(エンコーダ他)が導入される。業界の表現では、2005年12月〜2006年3月の期間内で、1セグ放送開始となっている。大半は最終期限近くの実施になると見られるが、一部のTV局では2005年12月から開始する可能性がある。
2005年末以降の携帯電話は、現行のカメラ同様TVが標準的な機能として搭載されて行くものと予測されるが、中でもTV事業を有する携帯電話メーカーの場合、TVのブランドと連動した商品企画や事業戦略もありうるものと見られる。これで、TVという商品の範疇は、リビングのTVから個室のPC、移動中の車のコンソール、そして、この携帯電話への搭載により、個人の手元まで一連の視聴環境が整うことになる。この件は、当レポートでも'99年から触れてきた事柄であるが、地上デジタル放送の開始によって現実のものとなった。TVの視聴環境は一気に拡大し、結果としてユビキタス環境の創出に帰結する。
地上デジタル放送に関する話題は、最近では一般でも語られるほど知られるようになったが、来年以降はその効果をさらに実感することになるだろう。先述のテレビ局買収にからめて放送とBBの特性解説、1セグの動向など踏まえてTVと関連市場を一冊にまとめた。本文で確認いただきたい。